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名古屋高等裁判所 昭和62年(う)398号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平田精甫が作成した控訴趣意書(但し、当審第一回公判期日における弁護人の釈明参照。)に、これに対する答弁は、検察官長谷川三千男が作成した答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用するが、控訴趣意の要旨は、被告人は、正犯である原判示のKがした原判示の大麻取締法と関税法とに対する各違反行為について原判示の幇助行為をフィリピン国内でしたに過ぎないところ、右正犯のした行為は日本国内における行為であるにもせよ、被告人のした幇助行為は日本国外で犯した行為であり、かかる国外行為を処罰する旨の規定は我が国の法律には存在しないから、被告人の右幇助行為は、これを処罰できるものではないのに、この点を看過したうえ被告人に対し原判示の各刑罰法規を適用し、もつて、大麻取締法違反、関税法違反の幇助犯として被告人を処罰した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで検討するに、まず、刑罰法規の場所的適用範囲に関する総則規定である刑法一条一項は、何人を問わず日本国内で罪を犯した者には、我が国刑法の刑罰法規が適用される旨規定するところ、そもそも、幇助犯は、正犯の実行があつて初めて犯罪として成立するものに過ぎないから、幇助犯の幇助行為そのものが行われた場所が我が国内ではなくても、正犯の実行が日本国内で行われた場合にも、幇助犯が日本国内において罪を犯したことになるといわざるを得ない道理であり、他方、刑法八条によれば、刑法総則の規定は、特別の規定がない限り、他の法令において刑を定めている場合にも適用するものとされているから、右刑法一条一項の規定は、大麻取締法と関税法とに対する各違反行為の幇助犯についても、当然適用されるところである。しかるところ、原判示の罪となるべき事実によると、被告人は、原判示のKによる大麻の日本国内への輸入行為とその際の税関長の許可を受けない右大麻の関税法上の輸入行為との際に、同人から右大麻の入手方の依頼を受けたので、同人に大麻売渡人を紹介し、右売渡人から右Kへの大麻の売渡しの席に同席したのであるが、この被告人の行為は確かに日本国外で行われたものに過ぎないものではあるが、右Kがこの被告人の幇助行為に基づき、原判示の正犯行為、すなわち大麻の日本国内への輸入とその際の税関長の許可を受けない右大麻の関税法上の輸入とをしたのは日本国内であるから、被告人の原判示の幇助行為もまた日本国内で行われたものに該当するといわざるを得ず、したがつて、右幇助行為に対し、刑法八条、一条一項により、原判示の各刑罰法規を適用し得ることは明らかである。論旨は理由がない。

なお、念のため、言及しておくと、被告人の原判示の所為が大麻取締法上の大麻輸入罪の幇助と関税法上の貸物無許可輸入罪の幇助とに該当し、それらがいずれも可罰的違法性を具備し、観念的競合に当たることは当然の事理であり、更に、量刑については、大麻の輸入自体が大麻の持つ害悪を新たに我が国内に持ち込むという点において極めてゆゆしい犯罪であるのみならず、一件記録中の各資料に基づいて検討してみると、被告人は、幇助とはいえ、右Kが我が国内への大麻輸入の犯行を実行するにつき、大麻の売人を同人に紹介する等の極めて重要な点において、同人の犯行を助けたものであつて、被告人の担当した行為の性質自体重大といわざるを得ず、その結果我が国内に持ち込まれた大麻の量が約二キログラムと多量にのぼっている点も看過できず、加えて、被告人は、今回、偽名のパスポートによつて我が国内に入国したのみならず、我が国に来た目的について、意図的にあいまい、かつ、不自然な供述を繰り返しており、更に、タレントと称してフィリピン女性を我が国内に送り込むことにも関わりを持つているなど、その行動には芳しくない点がうかがわれ、本件の大麻輸入に対する幇助も、そのような被告人の芳しからぬ行動と決して無関係とは考えられないことに照らせば、被告人の刑事責任は決して軽視することができず、被告人が本件のために身柄を拘束され、深く反省していること、被告人には、フィリピン国内に妻子があること等の諸事情を被告人のために十分斟酌しても、被告人を懲役二年四月(未決勾留日数中二四〇日算入)の実刑に処した原判決の量刑はやむを得ず、これが重過ぎて不当であるとはいえない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の本刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本卓 裁判官油田弘佑 裁判官向井千杉)

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